熊野古道案内・本宮大社リンク集U

熊野本宮大社

熊野本宮大社honguu

 現在大斎原[おおゆのはら]と呼ばれる熊野川の中洲に鎮座していたが、明治22年の熊野川の大洪水にて流失、現社地に遷座した。
 熊野三山では最も古い成立とされ、第十代崇神天皇65年に社殿が創立されたと(皇年代略記)(神社縁起)に記載されているが、もとより定かではない。

 元々の鎮座地は中洲であり、これは本宮への信仰は熊野川の水神への信仰であった事を示す。大斎原へ行くには音無川・熊野川の清流を歩いたのであり、聖地へ入るための「禊ぎ」が自然な形で行われたのである。水垣と呼ばれる。水垣は、大和の三輪山を取り巻くように流れる三輪川・巻向川、また京都下賀茂神社も高野川・賀茂川に囲まれているように、流水の中をを歩いて渡る意味があり、より原始の姿を思わせる。

http://kamnavi.jp/ki/nanki/honguu.htm

和歌山県街道マップ〜高野めぐり・熊野古道〜

 見事な杉林が残る、野中をスタートし小広峠から少し古道に分け入れば、そこはもう「木の国」紀州ならではの大森林が広がります。熊野本宮大社に向けて全体的には下りのルートとなりますが、途中「草鞋峠」「岩神峠」「三越峠」等の難所が待ち構えています。
 それらの難所を越え、熊野本宮大社の神域の入口とされる別格の「発心門王子」、高台から熊野本宮のお社を一望した旅人が、有難さのあまり平伏し拝んだといわれる「伏拝王子」等本宮町内の王子社をめぐって「熊野本宮大社」へ。遠く、苦しい道程を経て大社への参拝を果たした、昔の旅人の感動を追体験していただけることでしょう。
 この区間沿道の小広峠〜熊野本宮大社間は公共交通機関が極めて不便な区間ですので、事前に充分な計画をたてておくことが必要です。

http://wiwi.co.jp/kanko/walk/018/index.html

熊野本宮大社

家津美御子大神(スサノオ)と天照皇大神との高天原における誓約、或いは神武天皇の東征の際の熊野鳥の故事に由縁するものとも云われている。カラス文字の数は、熊野三山(本宮大社、速玉大社、那智大社) それぞれ違う。因みに熊野本宮大社は、八十八羽のカラスがデザインされている。
 御神符は、鎌倉時代には「誓約書」であり、江戸時代には「起誓分」の代わりとして用いられた。
 熊野権現への誓約を破ると、熊野大神の使いであるカラスが一羽亡くなり、本人も血を吐き地獄に堕ちると信じられてきた。あらゆる災難から守護してくれる御神符で、ガスの元栓にまつれば火難を免れ、玄関にまつれば、盗難を防いでくれる。身につければ、乗り物の災難から護られる。病人の床にしけば、病気が治る。

http://www.7kamado.net/kumano.html

CDCの呟き 熊野本宮大社

海南市に住む、学生時代の友人宅に泊まった。
およそ7年ぐらいにはなるだろうか…3、4ヶ月に一度は同窓会というか「和歌山ツアー」と称して、4〜6人でお世話になっている。
ゴルフ組みと観光組みに分かれたりして適当に楽しんでいるが、今回はいつもの宴会の翌日、6名全員が熊野本宮大社を訪れた。
海南から車でおよそ2時間半。途中休憩の山中は寒くてふるえていたのに、本宮は晴天。しかも暖かかった。
荘厳な雰囲気の中、宴会のときとはうって変わっておとなしくなった私たちは、それぞれの思いを抱いてお参りをした。
その後、すぐ近くのわたらせ温泉で昼食をとり、大露天風呂に入った。
岩風呂が全部で4つ。3つが露天風呂だった。ひんやりした外気が、温まった体に心地よく、目の前は緑の木々がさわやかに目に映る。山の中でも紅葉はまだ先のようだ。
7月の'ツアー’では白浜へ行き、やはり温泉に入った。それにしても、本宮までの沿道にはたくさんの温泉があった。まだまだ行くところはある、と皆で笑ったが、これだけ行くと、もはや和歌山は観光地ではなく、第2のふるさとのようである。

http://cdcdiary.blog68.fc2.com/blog-entry-28.html

熊野古道スーパーエクスプレス

速い, 東京羽田から本宮大社まで3時間、新大阪から本宮大社まで4時間と従来より格段にスピードアップ。 便利, 白浜空港から本宮大社、新宮駅と乗り継ぎ無しで熊野古道などを観光することができます。 快適, 関空リムジンバスクラスの大型バスなので、快適

http://www13.ocn.ne.jp/~meikobus/kodobus/index.html