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熊野古道・秋津王子詳細 |
秋津王子秋津王子は秋津の地にある王子ですが秋津のどこなのか古い場所の確定は困難です。寛政六年(1794)に玉川玄竜の書いた「熊野巡覧記」では「下秋津村 安井王子の王子御座」として、定家の御幸記に見える「秋津王子」はこれだと注し、「紀伊国名所図会」も秋津王子は、下秋津の南安いと言う所にあり以前は秋津荘柳原に有りましたが洪水のために移したものだとされています。 |
万葉の秋津野に鎮まる王子社秋津野に朝いる雲の失せゆけば 昨日も今日も亡き人思ほゆ いずれも挽歌で、秋津野の歌で雲が詠まれ、この伝統は「続千載集」の「人の世のならひとしれど秋津野に朝いる雲の定めなきかな」に受け継がれています。この地は葬りの地の意識があり、歌枕としての秋津野は「雲」を読むのが作法とされてきました。 |
熊野古道秋津王子参考ホームページ |
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王子名は藤原定家の熊野御幸記に秋津王子の名が初めて登場します。秋津にあったことは明らかですが、会津川の氾濫で元の場所は消滅して確定できません。柳原という所から笠松跡、安井へと移転し、明治以降は豊秋津神社にまつられています。同社所蔵の永正三年(1506)の棟札に柳原王子とあります (参照秋津王子(あきづおうじ)) |
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現在では右会津川と左会津川の合流点付近に王子跡の碑がある秋津王子ですが、この王子は会津川沿いにあったものらしく、しばしば洪水で流され、再建される際にその場所が転々と移動したことが推測されています。伝えられている王子跡の地点としては柳原、落合、安井宮などの名がありますが、それらもどの地点、ということまではっきりと分かっている訳ではありません。 |