昔は大門王子の石碑が平らな所松の木の根元にありましたが、昭和51年に猛威を振るった松くい虫の被害にあい伐採された模様です。
「高原」の地名を読み込んだ歌に、
たかはらやみねよりいづる月かけは
千年松をてらすなりけり、とあり千年松がありし頃がしのばれます。
大門王子の由来は本宮大社の鳥居が此処に有ったとされています。
増基法師や藤原忠宗、そして藤原定家の記録には「水のみ」または「水飲仮屋」か「昼養山中宿」の名である。定家の頃までは大門王子の名が無く宿舎があったのみだったのでしょうか。谷川には水が絶えず、水飲みの宿舎があってもおかしくないとされています。