「紀南郷導紀では王子社ありとされていますが、「熊野道中記」では「社なし。同村の内、道の左の方」とされていて既に社は無かったものと思われます。(一七二三)紀州藩は青石をもって石碑を建てようとしましたが、誰も社が建っていた、ところを知らなかったようです。
[ 紀南郷導紀」では「村はずれに楠山坂、上下二十九町、内十一兆難所なり。十八兆は山の腰をいくなり。王子の社あり」とあります。
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