諸書のほとんどが稲葉根王子とする中で「紀伊路歌枕抄」と「熊野巡覧記」が岩田王子と記しています。
定家は稲葉根王子を准五体王子としており格別の信仰を集めていたのではないでしょうか。昔は広大な規模を持っていたのではないかと思われるのですが、稲葉根王子も大正4年岩田神社へ合祀され、その時社殿も移されました。昭和31年に現在の場所に複社されています。
稲葉根王子の前を流れるのが岩田川です。古くから禊の川として知られていて義経記や平家物語などに記されています。
平家物語では、
「流れを一度もわたるものは、悪行、煩悩、無始の罪障きゆるものを」
義経記では、
「熊野に岩田川、羽黒には清川とて流れ清き名水なり。これにて垢離をかき権現を伏し拝み奉る。無始の
罪障の消滅すれば」とあります。熊野古道の中でも最も神聖視された垢離の場でありました。
