那智勝浦町の熊野古道
|
那智勝浦周辺・熊野古道写真
|
那智勝浦周辺詳細
|
 |
那智の滝詳細
那智山中には、いくつかの渓流があり、その渓流には60余に達する多くの滝が架かっている。「那智滝」とは、本来は、那智山の多くの滝のうち、瀧篭修行の行場として扱われた48の滝(那智四十八滝)の総称であった。 |
  |
那智滝(なちのたき)は和歌山県東牟婁郡那智勝浦町の那智川にかかる滝。華厳滝、袋田の滝と共に日本三名瀑に数えられている。
那智山中には、いくつかの渓流があり、その渓流には60余に達する多くの滝が架かっている。「那智滝」とは、本来は、那智山の多くの滝のうち、瀧篭修行の行場として扱われた48の滝(那智四十八滝)の総称であった。
しかし、現在、一般に那智滝として知られている滝はこれらのうち、一の滝を指している。那智山一帯は、滝に対する自然信仰の聖地であり、一の滝は現在でも飛瀧神社の御神体であって、飛瀧神社の境内に設けられた滝見台からその姿を見ることが出来る
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
|
 |
4世紀頃インドの層により開山されたとされる。西国三十三箇所の第一番の札所です。桃山時代に織田信長に焼き討ちにされたが豊臣秀吉により再建されました。
|
 |
那智の滝を御神体とする自然崇拝から始ったとされる、現代に社殿が移ったのは4世紀ごろ仁徳天皇のころとされています。主神は夫須美神とされています。朱塗りの社殿で熊野造りの社殿が6棟あります。
(撮影に行った時の熊野那智大社は雨上がりでした。那智の滝の霧に包まれて三重塔から見えないくらいでした。霧に包まれた熊野那智大社も結構良かったです。)
|
  |
大門坂
大門坂は、ほぼ昔のままの熊野古道の姿が残っており、熊野古道の終着駅の熊野那智大社に参るフィナーレをかざるのに文句のつけようがない所です。まず入り口には夫婦杉と言う樹齢800年と言う大木が登り口をはさむように迎えてくれます。
|
 |
熊野古道での最後の王子社、大門坂を少し上がった所に石碑が建っていて多富気王子跡と書かれています。昔は石垣を積みその上に社が設けられていたのですが、王子社が那智山の境内に移されてからはいつの間にか石垣も残らなくなっていったそうです。
|
 |
市野々王子の創建は明らかではないが、古くから熊野那智大社の末社であって、修造費用が同社によって負担されていたことが古文書から判明する。中世熊野詣の参詣記にその名が見られることから、遅くとも中世までには確立されていたものと考えられており、藤原宗忠の参詣記(『中右記』)には「一野」、修明門院の参詣記には「一乃野」の名で登場し、近世に市野々王子または若女一王子の社名が定着した。
|
 |
補陀洛山寺
世界遺産にも登録。南方に補陀洛浄土を目指し渡海する上人達の出発点。補陀洛渡海とは、生きながらにして小さい船に閉じ篭もり観音浄土を目指すというもの。
|
 |
昔は浜の宮王子とも猪宮王子錦浦王子とも呼ばれていました。中辺路、大辺路、伊勢路の分疑点となっており那智山参拝前の潮垢離を行って、身を清めていました。
|
 |
|
 |
那智勝浦町
熊野古道の最終地である那智勝浦町は生マグロの水揚げが日本一で有名で温泉地としても知られています。昔の人も熊野古道の旅で疲れた体を温泉と美味しい魚で癒したのでしょうか。(写真左はホテル浦島山上館より、那智勝浦町の夜景)
|
那智勝浦町の温泉宿
|
じゃらんネットで予約するホテル浦島
|
大洞窟露天風呂「忘帰洞」を始め館内7ヵ所の温泉を楽しめます。
ホテル浦島は、本館・なぎさ館・日昇館・山上館の4館からなる大型ホテルです。館内には「忘帰洞」を始め6ヵ所の温泉が有。山上館と本館を結ぶ大エスカレーター等1日で遊びきれない空間が広がります。(参照 じゃらんネット)
|
じゃらんネットで予約する勝浦御苑
|
余韻やさしく残心のおもてなし
熊野灘の潮の香り漂う海辺のお宿。自慢の露天風呂からは遠くに那智山、那智の滝、眼下に那智湾の眺望が開け、夜には洋上の漁火や潮騒が旅情を掻立ててくれる。
|
じゃらんネットで予約するホテル中の島
|
一日850トンのお湯が湧き出す天然温泉100%の温泉の島
紀の松島に浮かぶ中の島へは宿専用の送迎船で。潮騒を聞きながら浸る波打ち際の露天風呂「紀州潮聞之湯」は旅情満点!また磯遊びや釣りも楽しめ、釣れた魚は夕食に調理できます。
|
|