各地の王子社が衰退した中で今でも昔のままの姿が残されている王子のひとつです。
継桜王子の名前の由来は檜の木に桜の木が生えていたことに由来します。昔、藤原秀衡夫婦が生まれたばかりの子供を滝尻王子の所において熊野詣に行った。此処で桜の木を手折りて、戯れにいいました。「もしも生まれたわが子が死んでいれば桜の木も枯れるでしょう。もしわが子が生きていれば、桜の木も枯れる事が無いだろう」と言い桜の枝を檜に挿していきました。帰り道に見てみると桜の花が咲いていた。我が子の所に帰ってみるとよりすくすくとこえていた。という話にちなんでいます。


一方杉は那智山の方に向けてのみ枝を伸ばす珍しい杉の木と言う事で一方杉と呼ばれています。明治の神社合祀の時(近露王子と一緒に近野神社に合祀された時)には一方杉の伐採のエコロギーの観点から反対運動を南方熊楠がしたことで有名です。